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「ヒメ」たちの秘めたる欲望  「PRINCESS OF DESIRE」序文     
写真評論家 飯沢耕太郎

 10年程前に村田兼一と最初に会った時、撮りためていた写真を見せてもらった。その時既に彼の撮影とプリントのスタイルはできあがっていた。もちろん技術的には高度になり、作品のヴァリエーションも豊かになったが、その基本的なあり方はほとんど変わっていない。

 モデルたちはカメラの前で物憂げな表情で衣装を脱ぎ棄て、惜しげもなくその美しい裸身をあらわにする。ともすれば生々しく扇情的になる所だが、白黒プリントに淡く、繊細なタッチで彩色されていることによって、どこか幻影のような効果が生じている。巧みにしつらえられた場面設定や小道具が、生身の女性たちを物語の登場人物のように見せているのだ。

 村田が女性たちに託して表現しようとしているのは、彼の中にある「ヒメ」のイメージだと思う。「ヒメ」というのは日本人が古来女性に対して抱いていた畏敬や憧れの思いをあらわす言葉である。普通には高貴な姫君、つまり皇族や貴族の家に生まれた娘たちを指すのだが、転じて女性全般の尊称、あるいは「小さいもの」、「愛らしいもの」という意味でも用いられるようになった。だが、特に村田の故郷である関西地方では、春を売る遊女や娼妓を指す場合もある。つまり「ヒメ」という言葉にはどこかエロティックな気分が紛れ込んでいるということだ。

 『虫愛づる姫君』という話がある。11世紀の中頃に編まれた短編集『堤中納言物語』におさめられている。大納言の家に生まれた姫君は、なぜか虫、特に蝶になる前の毛虫が大好きで、手のひらに載せてかわいがったりしている。近所でも変わり者として知られていて、顔立ちは美しいのに髪も眉毛も切りそろえず、化粧もまったくしていない。そんな彼女に興味を持つ若い貴族が歌を送ったりして気を引くのだが、姫君は笑って逃げるばかり。これから話はどう展開するのだろうという所で、物語は不意に中断してしまう。

 この『虫愛づる姫君』こそ、村田のオブセッションの原型なのではないだろうか。彼は中断したその物語を書き継いでいるようにも思える。村田の写真の中に登場する「ヒメ」たちも、おとなしく親や先生の言うことを聞いて、人形のように暮らしているようには見えない。それぞれが個性的な嗜好を持ち、何かを強く表現しようとしている。村田は彼女たちの秘めたる欲望、普段はさまざまなプレッシャーによって押さえつけられている願いや思いに形を与えようとする。彼の写真の中で、「ヒメ」たちはまさに毛虫が蝶に脱皮するように劇的な変身を遂げるのだ。

 その意味では村田の写真は、彼が一方的に作り上げているわけではない。村田は撮影の前に、長い時間をかけてモデルと対話し、コミュニケーションをとる。彼女たちが何を求め、どのように変身したいのか。『虫愛づる姫君』の毛虫にあたる偏愛の対象は何なのか。それらを充分に把握した上で撮影に臨む。彼の写真はモデルたちとの共同作業として練り上げられているのだ。
 重要なのは彼の作品が生み出される場所である。彼の撮影のほとんどは、自宅の屋根裏部屋や蔵を改造したスタジオとその周囲でおこなわれている。先日初めてそこを見学する機会を得たのだが、実に興味深かった。彼が住む和風建築の旧家は、それ自体が独特の妖しい雰囲気を備えている。村田の奇抜なイマジネーションは、この古い家で暮らすうちに少しずつ成長し形をとっていったのだろう。そこに迎え入れられた「ヒメ」たちも、ごく自然にその環境にふさわしい姿をとるのではないだろうか。

 彼の写真の世界がこのような形で日本以外の読者の目に触れることは、とても素晴らしいことである。東洋の島国の片隅でひっそりと花開いた「ヒメ」たちの欲望が、他の国の読者にどのように受け入れられ、反響を呼び起こしていくのかが楽しみだ。